鵜久森淳志 31歳
10月2日、ヤクルトスワローズから戦力外通告を受けたプロ野球選手。
2004年ドラフト8巡目で日本ハムファイターズに入団し、2015年トライアウトを経てヤクルトスワローズに移籍した「天性のスラッガー」
「天性のスラッガー」という言葉に「違うんじゃないか」と思われる方もいるかもしれない。
正直、プロ野球選手になってからの彼の成績を見ればそう呼ぶにはおこがましいかもしれないが、高校時代、彼が甲子園で放った5本のホームランは、「天性のスラッガー」と呼ぶにふさわしいものであった。
14年前の春、愛媛の済美高校で福井投手(現広島カープ)とともに甲子園初出場初優勝を遂げた彼は、強烈なホームランを2本放ち優勝に貢献し、その年の夏の甲子園では初出場で準優勝、3本のホームランを放っている。
彼はその年の甲子園のヒーローだった。
当時、私は甲子園に毎年春と夏に観戦に訪れており、自分が果たせなかった甲子園出場、その夢の舞台で戦う球児たちを羨ましく思いながら声援をおくっていた。
春の甲子園、済美高校は前評判は高かったがそこまで勝ち上がるだろうとは思っていなかった。
私が見たのは準々決勝か準決勝か記憶が定かではないが、彼が打席に立つと球場の雰囲気が変わる。
相手投手には悪いが、みんな見たかったんだ、彼の豪快なアッパースイングから放たれる強烈な一撃を。
少し前かがみになり窮屈そうな感じの振出から放たれる一撃に魅了された私は、瞬間彼のファンになってしまった。
夏の甲子園、チームは春夏連覇は逃したが、春の優勝に続き準優勝。
彼も3本のホームランを放つ活躍で、上の舞台(大学野球・プロ野球)に行っても活躍してくれるだろう。
球場の雰囲気が変わり、観戦に来たお客すべてが彼の強烈な一撃を期待する。
彼は「天性のスラッガー」だから、それが出来るのだと。
その時の私はそう確信していた。
天才スラッガーではない。
済美高校に入学した当時の彼は細身で、高校通算47本のホームランを打てるような選手になるとは思わなかったと、当時の上甲監督が語っている。
彼は努力に努力を積み重ね、誰よりも練習をし、見るものを魅了する「天性のスラッガー」に成長したのだ。
しかしながら、プロ野球の世界に入った彼は、高校時代の輝きを放つ事が出来ず、今年、二度目の戦力外通告を受けてしまう。
彼のプロ野球での活躍は、2017年の開幕シリーズでの代打満塁ホームランくらいしか記憶にない。
プロ野球での一軍戦通算ホームラン数11本。
二度目の戦力外通告を受けた後の会見で「今後は未定、続けるかやめるか、家族と話してきめたい」と語っていた。
個人的な気持ちとして、もう少し野球を続けてくれたら嬉しい。
出来れば、私の地元の中日ドラゴンズに入団し、彼の打席を生で観戦したい。
もう一度、私の記憶、14年前彼を見た人々の記憶の中の「天性のスラッガー」の強烈な一撃を見たいと願う。
追記
トライアウト後からオファーを待ち続けた鵜久森選手でしたが、残念ながらどこからもオファーは無かったもよう。
12月21日、現役引退を表明し、保険会社に再就職し、新しい生活をスタートするとの事。
鵜久森選手、お疲れ様でした。
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